ところで,認知機能リハを通して,考えたことがありました.事例検討でも思ったのですが,認知機能というと我々は,往々にして「脳」に注目することとなります.そこでは,機能とエリアに関心が集まり,その能力は「事象」という結果で評価されることになります.うーん.なんだか違和感が・・・.だって,「脳」は,「脳」だけでなりたっているのでしょうか?答えは,「NO」でしょう.「脳」は「脳」だけでは成り立っていないのに,「脳」ばかりが注目されている.まさに「もろともに あはれと思へ 山桜 花より外に 知る人もなし」の心境ですね・・・.
確かに,「脳」は大切でしょう.それは認めます.だって,われわれは,脳が判断し,行動しようと命令をし,計算をし,言葉を理解し産み出し・・・.その意味で「脳」がないと,人間は生きていけないのだから・・・.しかしながらである.われわれは忘れていることがあるのではないでしょうか?そう,「脳」は独立した器官ではないということを・・・.
言うまでもなく,脳も,血液を必要とします.それは,心臓が送り出し,血管がそれを運びます.また,血液には,グルコースという栄養分と酸素が含まれており,それは,消化器官や呼吸器官によって作られています.また,「脳」は,外界からの刺激を受けて活動を始めます.外界からの刺激を受けるのは,「身体」です.外界から五官に受けた五感刺激を脳に伝えることで,脳は認知機能を働かせます.そして,脳は認知機能を用いて身体による行動(対象の操作)をおこない「事象」を紡ぎだすのです.ここでは,身体による行動(対象の操作)という「作業」が介在しています.脳の認知機能は,身体を用いた作業を通して,事象を生み出すのです.すなわち,「脳」と「事象」は,身体と作業というプロセスによってつながれるといえるのでしょう.このように,認知機能という視点を臨床で活かすためには,脳だけではなく,身体や作業というプロセスに注目必要があるのでしょう.
例えば,「集中力がない」という患者には,「そのときは,どんな感じがしますか?」などと問いかけることや,「頭は,どんな感じがしますか?」などと本人が感じている感覚を媒介とすることが求められるのではないかと考えています.
脳と事象をどのように橋渡しするのか?まさにブリッジングですね.
もう一つ,脳の2重構造性について思考実験を.こころは脳にあって,脳こそ主体だという方へ.
A:「(そこにある帽子を前にして)その帽子は誰のもの?」
B:「わたしのもの」
A:「あなたがかけている,そのメガネは誰のもの?」
B:「わたしのもの」
A:「あなたが着ているその服は誰のもの?」
B:「わたしのもの」
A:「(B氏の腕を指して)その腕は誰のもの?」
B:「わたしのもの」
A:「その足は誰のもの?」
B:「わたしのもの」
A:「(胸を指さして)その心臓は誰のもの?」
B:「わたしのもの」
A:「(頭を指さして)その脳は誰のもの?」
B:「わたしのもの」
A:「脳があなたのものだったら,脳を所有しているその主体は何??」
B:「・・・・・・・」
すべては,それのみでは成り立たず.関係性(縁)の中で,相互依存的に成り立っている.
作業療法士は,だからこそ,認知機能という視点を考える際には,脳と事象を結びつける,身体性や作業というプロセス,環境の影響など,つなぐ要素をしっかりと感じる必要があるのではないかとぼんやりと考えています.
そして,それを行う時のkey wordが,作業感というか,じぶんが作業を行っているという感覚,最近注目されているセンス オブ エージェンシーという概念なのかな?と日々の臨床を通しての感覚から思っています.自分の感覚を感じるままに感じながら,身体に思いを馳せ,作業に浸りながら,自分に浮かび上がるものを受け止めていき,それに気づいていく.そのプロセスこそが,認知機能リハを最大限に進めるコツなのでhないかと思いました.ひとって,そうやって生きているんですよね~.きっと・・・.
とっ散らかったまま,まとまっていませんが,そんなことを臨床をしながら感じる毎日です.
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