最近考えていること(臨床作業療法誌 「OTとして私が大切にしていること」番外編)

 最近,臨床作業療法誌のコラム「OTとして私が大切にしていること」に書く機会をいただいた.この原稿依頼をいただいたのが,2月のことでした.沖縄の本質を知る作業療法士仲地さんからの「世界観を見てみたい」という唐突なメールによって,わたしの日常は大きく変化しました.締切りを持つ身となったのです.

 しかし,光栄なことです.何を書こうかと逡巡しました.しかし,何を書こうと思いついても,なんだか納得できないのです.

 こんな事じゃない.こんなことは求められていない.自分の書いているものなんて,テーマにあっていないし,誰にも届かないのではないだろうか?

 勝手に思い描く周囲の期待は,この場合わたしを思考の悪循環のドツボへ引き込んでいきます.それはもう,アリジゴクのようなもので,なにか書こうとして,もがけばもがくほど,深みに入っていくのです.

 そのとき,聞えてきたのが,コラムでも書いたエアロスミスの名曲「I Don't Want to Miss a Thing」でした.わたしの胸の内に熱いものがこみ上げてきました.でも,それは「昼のカップ焼きそば??もう胸焼け??」と抗うことを許さない年齢からくる老いの仕業によるものでした.気づいた時にわたしは,がっかりしてしまいました.

 あれ??

 だけど違ったのです.胸焼けやゲップとは違う何か別の感覚が,わたしの胸のあたりにモゾモゾと感じていたのです.

 「アオハルかよ.」

 そのとき,某カップラーメンのCMが耳に飛び込んできたのです.アオハル,あおはる,あ・お・は・る・・・.あっ,あおはる!!あ~,お~,は~,るぅ~!!!何度かその言葉は反芻され,ぼんやりと目に映っていた画面がくっきりと見えてくるとともに「アオハル」が「青春」になり,画面で集約された意識はそこに向けられました.一瞬のうちにタイムトラベラーとなった私は,その後15秒くらい車窓から眺める風景のようにただ浮かび上がる記憶をたどっていました.

 そして,自然と手が動き始めたのです.アオハルの世界.わたしの熱い想い.それだけを頼りに紙面を這う冒険は始まりました.手は躍り,止まり,叩き,振り,伸ばし・・・.いつの間にか,リズムの中に物語が紡がれていったのです.その結果,生まれたのが「作業によって紡がれたナラティブに寄り添う」というテーマの原稿でした.

 ここに綴られているのは,わたしの考えていること,大切にしているものです.しかし,それはわたしが生み出したものではなく,わたしが与えられたものの集大成です.わたしに与えてくれた人々がいます.もちろんわたしが受け取ったものであり,わたしが形作りましたが,それすら大きなモーメントの産物であると不思議ななにかを感じるときがあります.与えられたものは触媒として,わたしに化学変化をもたらしました.そのもの自体は変わらずに,しかし変化もたらしていく.もちろん,ひとは自分で選択し,自分世界を生きています.自分の主体は,自分自身です.それでも,ひとは1人では生きられない.そう,1人では生きられないのです.

 (触媒である)多くの方々から与えていただきその化学変化の結果として生まれた物語の素材を,わたしは編むことで物語が生まれます.今回,アオハルの刺激によって,わたしはその物語が生まれるプロセスに委ねてみることにしました.ただ,あるがままに.そのままに.

 そうして生まれた物語です.皆様にどのようにうつるのか?誰かの触媒になれるのなら幸いです.そして,そこから生まれる素材によってどんな新たな物語が生まれるのか??それを聴きたいなと夢想している自分を感じています.

※↓ここに掲載されております.
  

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