惣菜の前に立つが,「う~ん」悩んでしまう・・・.自分の食べたいものが分からない.食べたいような,食べたくないような・・・.うまく体が動かない.いつもだと,これも,あれも,食べたいものばかりなのに.なんだかめんどくさくなる.
それでも,何とかサラダとカップラーメン,炭酸水に半額になったヨーグルトをカゴに入れて,レジへ.選択肢は3つ.1つ目は,おじいちゃんがカゴいっぱいに食料品を詰めてレジが始まったところ.その後ろには,おばあちゃん,こちらはご夫婦か?2つ目は,おくさまが,弁当とお茶そしてパンをカゴに入れて立っている.その後ろは,おじさんが缶コーヒーとメロンパン,それに何かまるいものを持っている.そして,3つ目,あれっ!?誰もいない.あわててそこに並ぼうとする.でも,あんまり飛びついている感じも恥ずかしいので,いたって平静をよそいながら.しかし,やっぱりあわてていたのか,方向を変えるところで小さくツーステップになる.あらら,やっちゃった.と思いながらも,蝶のように華麗なステップを披露したつもり.と思っていたらすぐ目の前はレジ.とっても,クールな感じで店員さんがこっちを見ていた.
わたしは,ダンディに黄色い買い物かごをレジに乗せた.
「あれっ!?」はじめの違和感をそこで味わうこととなる.
30代半ばと思わしき女性がレジに立っていた.他の2つのレジはご年配の婦人がレジの担当.見ていなかったので,たまたまとはいえ,なんだかラッキーと思ったのは事実.しかし,そんなことはおくびにも出さず,カッコつけた,しかし真ん丸な顔でカゴを差し出しただけ.なのに,そんなクールな顔の店員さん.そのまま,商品を1つづつ取出し,会計を始める.隣のレジからは,「いらっしゃいませ,お待たせしました」の声が・・・.「あれれ~」こんなに大きい僕の姿が目に入ってないのか?それとも僕は服を着ていないのか?
こちらの疑問もそのまま,会計は進む.そこに言葉はなし.もちろん会話なんてありえない.そして最後の商品のバーコードが読み取られる.そうして,小計が出る.さぁて!!少しの期待を胸に待つ,待つ,待つ.
「・・・・・・」
沈黙がそこにあった.どのくらいの時間が流れたのだろう.僕は,時間の澱みの中に取り残された夢追い人のように,ただ待っていた.そう,言葉を・・・.「あれれれれ~」もっと他になにかカゴに入れていたのか,0.8秒の間に僕はきっと2回,カゴの中を見直した.やっぱり何もなかった.どうしていいのか?0.3秒ほどの時間だったと思うが,それが2時間くらいに感じた.しかーし,やはり時は止まっていなかった.我に返った私は,「どうやって支払えばいいのか??いくら支払えばいいのか??」と1.2秒ほど悩んだ結果,レジに映し出されている数字を見た.数字の横には小計と書いていた.きっと,この数字だろう.1.2秒ほど止まっていた恥ずかしさから,レジからサイフへと目を移す,その本の一瞬の隙に,わたしは彼女の顔を盗み見した.まったく変わらない表情,クールな眼差し.薄化粧に薄い唇は,1ミリたりともピクリともしない.
あわてた,わたしは千円札を取り出すと,そのままレジの支払い皿の上にその千円札を置いた.そして,小銭入れの中に再び手を移動させる.その時,視界の端に何か気配を感じた.そう彼女はいち早く作動し,わたしの置いた千円札を,音もなくレジに差し込んでいた.そう音もなく・・・.
「・・・・・・」
「じゃり,じゃり」やがて,お釣りの音が,わたしの耳に飛び込んできた.「あれれれれれれれれ~」そういうことだった.わたしは,小銭入れの中から取り出した手を,お釣りにむかわせた.まるでスパイからの機密書類のように,無言の手渡しでレシートを渡されたわたしは,そのままそれを握りしめ,お釣りをサイフにしまっていた.その頃,彼女は,慣れた手つきで,カゴの会計の終わった商品の上にビニル袋を置いている.わたしは,急いでお釣りを片づけて,カゴに手をかける.
「ありがとうございました」
「えっ!今,言った?今,あなたが言ったの?」わたしが,反射的に視線を彼女に向けたときには,もうすでに彼女はそれまでの彼女に戻っていた.しかし,確かに聞こえた「ありがとうございました」だった.
その声に後押しされたわたしは,ぺこりと頭を下げて,いそいそとレジを抜け,荷物を詰め込む台へと移動する.
「あっ!!」
気付いた時にはもう遅い.ヨーグルトのスプーンをもらい忘れた.ああ,箸で食べるのか?「あっ!!!」箸ももらっていない・・・.でも,もう遅い,遅すぎる~!いまさら,あそこには戻れない.「ありがとうございました」かすかに聞こえた記憶がリフレインしている.
わたしは,今さらながら,言葉の力をまざまざと感じたのだった.
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